相馬太田神社(そうまおおたじんじゃ)
| 御祭神 | 天之御中主大神(あめのみなかぬしのおおかみ) |
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| 鎮座地 | 南相馬市原町区中太田字舘腰139 MAP |
| 社務所 | 南相馬市原町区中太田字舘腰139 MAP |
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| お問い合わせ | TEL:0244-23-2058 FAX:0244-23-3144 |
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| 由緒 | 特殊神事 野馬追祭(国指定重要無形民俗文化財)例年5月最終土日 社伝によれば、承平年中(931〜938)相馬氏の遠祖・平将門が下総国猿島郡守屋城に妙見社を創建したことに始まる。将門から十二代の相馬(千葉)師常(相馬氏初代)が、源頼朝の軍に従い奥州藤原氏との戦いの功績により行方郡を賜り、元享三年(1323)六代重胤の時に、太田の地に氏神妙見尊を奉じて移り住み、舘の内に宮祠を創建した。 相馬氏の妙見仰は、桓武天皇の玄孫・高望王夫人懐胎のとき、日月星の三辰に安産を祈り、めでたく男子を出産された。また、妙見の化身と称された平良文(将門の叔父)が、延長元年(923)将門らとともに護摩を焚き、戦勝を妙見の神霊に祈ったところ、満願の夜、夢に護摩壇に葦毛の駒にまたがった童子が現れて、願望成就の旨を告げて姿を消した。すると、庭前で天に向かっていなないている一頭の白馬を見て妙見の神馬と仰ぎ、妙見尊を一家の守護神として尊崇するようになった。 現在の本殿は、文政六年(1823)の再建で、拝殿・祈祷殿(護摩殿)は明治三十年に再築された。また、元禄の頃、二十一代昌胤公はとくに吉田神道を重んじて護摩祈祷を行い、この行事は現在も引き継がれている。 |