伊勢大御神 水神下鎮座(いせおおみかみ すいじんしたちんざ)
| 御祭神 | 撞賢木厳之御魂向津姫神(つきさかきいつのみたまむかつひめのかみ)天照大御神の荒御魂 |
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| 鎮座地 | 福島県南相馬市鹿島区南柚木水神下282 MAP |
| 社務所 | 福島県南相馬市鹿島区南柚木水神下282 MAP |
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| お問い合わせ | TEL:0244-46-3590 FAX:0244-46-3590 |
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| 由緒 | 例祭日 旧九月十五日 特殊神事 獅子神楽奉納 伊勢神宮長官従三位藤原家行末子・鈴鹿伊勢大夫家幸は内宮外宮の戦いに加わり、内宮側を扇動した罪を問われ、社人を解かれて伊勢本家に寄寓していた。文保二年(1318)結城道忠は内宮に参籠し満願の日を終えて家幸に会い、「鈴鹿氏を招いて奥州に太神宮を分祀したい」と長官に願い出て了承され帰国した。家幸は数年後に奥州を巡視して行方郡に至り、南柚木の地形が甚だ伊勢国五十鈴に似ていることを父の長官に告げ、元亨元年(1321)天照大御神の御分霊を奉じて従者数人と共にこの地に下り御神体を安置した。以後このあたりを神並の御森山と称し、子孫は多く南柚木の地に居住して繁栄し、本家祠官を続けて現在二十二代に至る。さて遷座後は戦乱により宮は崩壊したが、相馬忠胤公のころ吉田神祇官により再興された。また神祇官と同姓なる故遠慮して鈴木と改姓、元禄のころから三代夫人天流の姓森を称した。この故に吉田ト部朝臣兼連卿による分祀ともいわれ、元禄三年(1690)相馬昌胤公が社に詣でたさい、「これは吉田が分祀した社か」と問われ、伊勢守は「その通りです」と答えた。公は「造工は甚だ粗末である」と申され、公命により南部材を賜わり、近村の寄付により再建された。現在の社は本宮をまねて大正十四年に成る。社の参道両側に真榊があり、昔伊勢より移し植えたものと伝える。また、老えて葉にとげを失った大柊は天然記念物に指定される。大字北屋形の神楽については当社のお抱えで巻鶴の紋をつける、と云われる。 |