相馬神社(そうまじんじゃ)
| 御祭神 | 相馬師常命 |
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| 鎮座地 | 福島県相馬市中村北町101 MAP |
| 社務所 | 福島県相馬市中村北町101 MAP |
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| お問い合わせ | TEL:0244-35-3362 FAX:0244-35-3362 |
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| 御朱印 | |
| 由緒 | 例祭日 十月第一日・月曜日 祭典日 一月一日(歳旦祭) 相馬次耶師常公は保延五年(1139)桓武天皇の王子葛原親王の後孫、千葉介常胤の第二子として生をうけ、相馬中務大輔師国の家を継ぎ下総の国相馬郡を領した。 治承四年(1180)下総の国において父常胤と共に頼朝に謁し弟範頼に従い功績を重ね文治五年(1189)頼朝が東奥平定の際父常胤と兄胤正と奥州鎮撫に来り、その功により頼朝から奥州行方郡を賜わった。翌年建久元年(1190)東奥再び乱れ師常公は先陣となり平泉・衣川に奮戦し遂に兼任を討ち、これを完封。その功績は全く神の如しだと賞賛され、その軍功により八幡大菩薩の旗一流(旗の下部には九曜の旗号があった)を賜わった。 師常公は才徳共に優れ、晩年は禅理を極め元久二年(1202)鎌倉にて亡くなられた。予め死期を悟った公は端座合掌して瞑目したという。時に齢六十七。常心と諡され人は挙げてこれを拝したとのことであります。 又、師常公は鎌倉四天王の一であるとして、士民は相馬天王と号して鎌倉の今小路に一祠を建てて祭り今も毎年六月祭儀を絶たず、中村旧藩にても城内の国王社に配祀して毎年九月一日には祭典をかかさなかったとのことであります。 後孫相馬誠胤公に至る二十八世七百年連綿として世主を失わず、特に維新に当たってはその功により厚き朝命を忝うしたのも偏に上祖師常公の功徳に由る所であると相馬士民は感激し協心戮力ー社を創建して師常公の霊を神祭しようと致しましたところ、社地木石共に相馬胤真公が寄附され、資金四千五百円を南は大熊町北は新地町までの土民がこれを積立て明治十二年に造営を起工、翌十三年に目出たく落成し以来旧藩内(相馬地方)の守護神として尊崇せられている。 |