伊勢大御神 宮前鎮座

伊勢大御神 宮前鎮座(いせおおみかみ みやまえちんざ)

御祭神撞賢木厳之御魂天疎向津比売命(つきさかきいつのみたまあまさかるむかつひめのみこと)天照大御神の荒御魂
鎮座地福島県南相馬市鹿島区南柚木宮前16 MAP
社務所福島県南相馬市鹿島区南柚木宮前18 MAP
受付
駐車場駐車場有 8台可
お問い合わせTEL:0244-46-3589
FAX:0244-26-4610
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御朱印社務所 宮司在所時直書き可 不在時書置きあり
由緒例祭日 旧九月十六日
人皇第百代後小松天皇の御世、清和帝清皇子四品貞純親王の遠孫、相国岩松蔵人義政公、皇室の子孫なるが故に伊勢神宮を崇敬せらるる事特に厚く、応永十二年秋八月奥州真野郷及び山中郷を拝領せられ家臣日里・中里・嶋・蒔田等はじめ五十余人を従えて海上つつがなく、奥州の海岸に来るも真野の郷は、何処なるや知るよしなく家臣共にまよいありしときに、不思議なるかな烏二羽帆柱の上に飛び来たりて、鳴くこと三声、陸に飛び去り船に向かい鳴くこと三声また船に来たりて鳴くこと数声、故に義政公大いに喜びこれ我が常に信心せる伊勢大神宮の御知らせなり。真野の郷は此の地ならんと主従これのところに上陸す。 これの海岸を名づけて烏崎村と云う。その西方に当座御座所を王内と云う。応永十三年丙戌春二月義政公、八沢浦の南方に神殿及び舘を築き、此れの所を南屋形村称す。 秋七月義政公ご自身、西上遊ばされ、伊勢国渡会郡五十鈴川に御鎮座の天照皇大神宮の祠官の長官、荒木田朝臣をして御式奉斎し天照皇大神宮の御分霊を受け、従三位家行卿の遠孫・四日市日光太夫を伊勢国四日市より招迎し、日光太夫を神主となし同年九月十六日(1406)武運長久、封内鎮護のため南屋形の地に天照皇大神宮の御分霊を斎いまつり天照皇大神宮と称す。
これ奥州へ大廟(伊勢神宮)遷座のはじめなり。此処を四日市と云う。中村領主相馬利胤公(初代藩主)厚く天照皇大神宮を御尊崇あらせられ武運長久の御祈願ありて、南柚木の地は伊勢大廟鎮座の地に似たるを以って、八沢浦上の南柚木の清地に宮殿を新築せられ、土地を字宮前と改め、奉仕の祠官日光太夫六代の孫鈴木大太夫を祭主となし候。
藩士御神輿を供奉し遷座式を行はる。
領主相馬忠胤公(三代藩主)深く御信仰遊ばされ度々御参宮あらせらる。
明暦乙未年三月(1655)御神鏡二面を奉納せられ、社地の松の木は皆双股なるを奇とし
御作の和歌一首 行く末のつきぬ千歳を守るてふ 此神垣の松をためしに
享保九年八月五日(1725)領主相馬尊胤公(七代藩主)御神領を奉納せらる。
安永三年相馬恕胤公(八代藻主)詠歌を奉納し同九年三月二十八日宮立替す。
文化十二年三月二十八日相馬益胤(十一代藩主)公宮修理し武運長久子孫繁栄祈願す。
明治三年伊勢大御神と改称す。
明治十四年神殿立替られ現在に至る。