鹿島御子神社(かしまみこじんじゃ)
| 御祭神 | 天足別命 |
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| 鎮座地 | 福島県南相馬市鹿島区鹿島町199 MAP |
| 社務所 | 福島県南相馬市鹿島区鹿島町199 MAP |
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| 駐車場 | |
| お問い合わせ | TEL:0244-46-2373 FAX:0244-46-5583 |
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| 御朱印 | |
| 由緒 | 例祭日 四月二十日(現在、第三日曜) 特殊神事 鎮火祭 御祭神は常陸の国、鹿島神宮の御祭神武甕槌命の御子神なるを以て、当神社を鹿島御子神社と称す。天足別命は往時武甕槌命、経津主命と共に奥州の邪鬼を討攘せる神にして、陸奥国の荒振神等を鎮め平定した。その後、御子であられる天足別命に東北の地を統御させていた。命は奥州下降時、真野郷(現在の鹿島)にたどり着いたが、この地は大六天魔王を頭とする乱臣賊徒が多く、この賊徒が真野川のほとり稚児沼にあった命の仮官に放火した。このとき命は直ちに鎮火の術を使い、四方に拡大した火を鎮め、併せて賊徒を征伐した。時に「鹿」多数現れ付近の川から笹を満らして持ち寄り、火が再び来ないよう命の本陣をうるおした。この故事によって、鹿島御子神社が勧請されて以来、火伏せの神事を伝承してきた。 第十二代景行天皇の御代皇紀七五七年(98)日本武尊命御東征の折、鹿島御子神社に武運長久を祈願し、その霊験により乱心賊徒を速やかに鎮撫した。その後、浮田の国造、朝廷の仰せにより月次祭を行う大社となった。神領十七石を有す。 延暦二十四年社殿炎上。大同元年(806)四月十七日、旧社地より現在の地に社殿建立。延喜五年(905)醍醐天皇の御代、軍神、鎮火神、医術の神として信徒崇敬者多く、由緒深きことから当時大社として活動する処の延喜式内社に列せられる。醍醐天皇自ら武運長久を祈願し御正体を納められ、延喜式神名帳に記載する行方八社の一社となった。浮田の国造の後を続き行方連が、月次祭に奉幣する。其後常陸鹿島神宮より奉幣を班たる。 当地を相馬家が領してからは、代々信仰があり相馬藩主の手厚い庇護のもとに何度か造営された。慶安二年(1649)義胤公祈願成就のため造営、延宝五年(1677)二十代藩主貞胤公再建、文政七年(1824) 二十七代益胤公造営。明治二年中村藩庁より当地方の古社たるを以て、一町三ヶ村を氏子と定め郷社の格とされ現在に至る。 現存する古い棟札 奉建立鹿嶋御子神社 社主 鹿嶋太夫 天暦五年辛亥八月五日(951年) 奉造 鹿寫御子神社 鹿嶋重太夫 長元三庚午四月十七日(1030年) 奉造営鹿嶋御子神社 社主 鹿嶋清太夫 保延四戊午十月二十一日(1138年) 境内社 摂社雷神社、要石、足尾神社、山神、月山、湯殿山、聖徳太子碑、忠魂碑、征馬忠魂碑、秋葉神社(飛地) 福島県文化財指定 神木 大欅二本(周8・6m/7・0m) |